月山富田城
Gassan Toda Castle
概要
城について
月山富田城は島根県安来市に位置する山城で、中国山地の急峻な月山(標高183メートル)全体を要塞化した中世山城の最高傑作のひとつである。飯梨川が天然の堀として山の三方を囲み、無数の郭・堀切・石垣が複雑に組み合わさった縄張りは、戦国時代中国地方最強の要害として諸大名を悩ませた。山陰の覇者・尼子氏の本拠地として、約130年にわたり中国地方の政治・軍事の中枢として君臨した。
尼子氏の栄枯盛衰
月山富田城を山陰最強の城に育てたのは、尼子経久(つねひさ)と孫の晴久(はるひさ)である。経久は守護代から実力で守護を排除して山陰の覇者となった戦国大名の先駆けで、「謀将」の異名を持つ知略の人物であった。晴久の代には尼子氏の勢力が最大となり、中国8ヶ国を支配する大大名として毛利元就と激しく覇を競った。永禄9年(1566年)、毛利元就の3年に及ぶ包囲攻撃によって月山富田城はついに開城し、尼子氏は滅亡した。月山富田城の難攻不落の名声も、兵糧攻めという古典的な戦略の前には抗しきれなかった。
山中鹿之介と尼子再興運動
尼子氏滅亡後、筆頭家老・山中幸盛(山中鹿之介)は「我に七難八苦を与えたまえ」という三日月に向けた祈りとともに尼子再興運動を起こした。鹿之介は毛利氏に対して執拗なゲリラ戦を展開し、一時は亀井茲矩・羽柴秀吉の支援を得て月山富田城奪還に迫ったが、天正6年(1578年)に毛利軍に捕らえられて非業の死を遂げた。山中鹿之介の忠義と悲劇は戦国時代の美談として後世に語り継がれ、忠臣の象徴として今も人々の心を打つ。城跡には鹿之介の像が建立されており、訪れる者の敬慕を集めている。
城の構造と見どころ
月山富田城の縄張りは「階郭式山城」の典型で、山頂の本丸から中腹の二の丸・三の丸・花の壇、山麓の御殿跡まで垂直に連なる構成をとる。現在は登山道が整備されており、麓から山頂本丸まで約40分の登山が楽しめる。中腹の「七曲り」と呼ばれる急坂が攻城の難しさをよく伝え、到達した本丸跡からは安来の街と中海を一望できる。山麓の安来市立歴史資料館では尼子氏・月山富田城に関する資料が詳しく展示されており、山城の魅力を事前に予習してから登城するのが最良のプランである。
毛利氏と月山富田城
毛利元就の攻略後、月山富田城は毛利氏の出雲支配の拠点となった。しかし、毛利氏は次第に重心を西国に移し、月山富田城は関ヶ原合戦後に廃城となった。江戸時代には富田藩として堀尾氏が入ったが、松江城完成後に城機能は移転し、月山富田城は歴史の舞台から静かに退場した。現在は国の史跡として保護されており、戦国時代の山城建築の最高水準を示す遺構として城郭研究者・歴史愛好家の必訪地となっている。
刀剣との関わり
月山富田城と刀剣の関わりは、出雲という土地の持つ鉄(砂鉄)の豊かさと、尼子氏・山中鹿之介という人物の剣に関わるエピソードから語ることができる。出雲・石見は古来より「砂鉄の国」として知られ、中国山地の豊富な砂鉄を原料とした「たたら製鉄」が盛んな地域であった。中世から近世にかけて、出雲・伯耆で作られた鉄(玉鋼の原料となる和鉄)は日本全国の刀工に供給され、日本刀の素材産業の中心地として機能した。尼子氏は出雲の砂鉄・鉄産業を支配することで財政的基盤を固め、その収益で強力な軍事力を維持した。月山富田城の城主たちが帯びた刀は、出雲産の和鉄を素材とした刀工の作品が多かったと考えられる。山中鹿之介は弓・槍・刀に卓越した万能の武将として知られ、その剣技は山陰でも際立っていた。鹿之介が尼子再興運動で用いた刀については明確な記録は残っていないが、出雲の刀工が鍛えた刀を使用していたという伝承がある。月山(がっさん)という地名は出雲の著名な刀工一派「月山派」とも深く関連する。月山派は平安末期から続く出雲の刀工集団で、特有の「綾杉肌(あやすぎはだ)」と呼ばれる美しい地鉄の肌模様を特徴とする。綾杉肌は杉の木目のような流れる波紋が地鉄全体に現れる独特の美しさで、月山派の最大の芸術的特徴である。月山派の作刀は江戸時代・明治時代を通じて高い評価を受け、現代でも重要無形文化財保持者(人間国宝)として月山貞一・月山貞利父子が活躍した。安来市は現代では「やすきハガネ(安来鋼)」の生産地として知られ、日立金属(現プロテリアル)が製造する特殊鋼は世界中の包丁・刃物に使われている。月山富田城の歴史が根ざした出雲の「鉄の文化」は、現代の安来鋼へと連綿と受け継がれており、日本刀から現代刃物まで一貫した鉄の文化圏として捉えることができる。
見どころ
- 難攻不落の山城縄張り — 七曲りの急坂と複雑な郭群。山頂本丸からは安来・中海の絶景
- 山中鹿之介像 — 「七難八苦を与えたまえ」と三日月に誓った忠義の武将の銅像
- 安来市立歴史資料館 — 尼子氏の歴史と月山富田城の縄張り図・出土品を詳細展示
- 花の壇・菅谷たたら山内 — 近世たたら製鉄の現存遺構。日本遺産に認定された鉄の聖地
- 月山派の名刀資料 — 出雲の刀工文化を伝える綾杉肌の名刀について資料館で学べる
- どじょうすくい踊り — 安来市を代表する民俗芸能。城下町文化の一端を今に伝える
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。
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