鶴丸国永
Tsurumaru Kuninaga
別名: 鶴丸・鶴は千年の太刀・皇室御物・刀剣乱舞で社会現象を起こした太刀
解説
刀の概要
平安時代後期の刀工・五条国永の作にして、拵(こしらえ)に描かれた鶴の丸紋から「鶴丸」の号を持つ名太刀。刃長は二尺五寸四分(約78.6cm)とされ、反りは深く優美な腰反りを描く。身幅はやや細めで、平安時代後期の太刀に特有の繊細で気品あふれる姿を見せる。
製法と特徴
地鉄は小板目肌がよく詰んで地沸が微細につき、澄んだ鉄色の中に上品な潤いが漂う。刃文は小沸出来の直刃を基調とし、わずかに小乱れを交える穏やかな出来映えで、派手さはないものの深い気品と静謐さを湛えている。五条国永は平安時代後期に山城国五条に住した刀工で、三条宗近と並ぶ山城伝初期の名工とされる。宗近が華やかな作風で知られるのに対し、国永は端正で落ち着いた作風が特徴で、「静の国永」と形容されることがある。鶴丸国永の拵に描かれた「鶴の丸」紋は、鶴が翼を広げて円形を描く紋様で、長寿と吉祥の象徴である。鶴は千年の寿命を持つとされる瑞鳥であり、この太刀が千年の歳月を超えて現存していることと重なって、まさに「鶴は千年」を体現する名刀とされてきた。
刀の来歴
来歴は鎌倉時代の北条貞時(1271年〜1311年)に遡る。貞時は鎌倉幕府第九代執権であり、安達泰盛の乱(霜月騒動、1285年)の際にこの太刀を手に入れたとも伝えられる。その後の伝来は複雑であるが、戦国時代には織田信長の手に渡り、さらに徳川家へと伝わった。
現在の所蔵
明治維新後に皇室に献上されて御物(ぎょぶつ)となり、現在は宮内庁が管理している。御物であるため一般公開の機会は極めて限られており、実物を目にすることができるのは数年に一度の特別公開の際のみである。ゲーム『刀剣乱舞』における鶴丸国永のキャラクターは、白い装束をまとった飄々とした佇まいで描かれ、ゲーム内で最も人気の高いキャラクターの一つとなった。その影響で実物の展示には長蛇の列ができ、社会現象となった。
逸話・伝説
## 伝説と逸話 鶴丸国永の来歴を辿ると、この太刀がいかに多くの権力者の手を渡り歩いてきたかが浮かび上がる。最も古い確かな所持者は鎌倉幕府第九代執権・北条貞時である。貞時が鶴丸国永を手に入れた経緯については、弘安八年(1285年)の霜月騒動が関わっているとする説がある。霜月騒動は北条得宗家の内管領・平頼綱が有力御家人の安達泰盛を滅ぼした政変であり、泰盛の財産の一部が貞時のもとに入ったと考えられている。鶴丸国永がその「戦利品」の一つであったとすれば、この太刀は血なまぐさい権力闘争の中で主を変えたことになる。 ## 武士たちの手へ その後の伝来は必ずしも明確ではないが、室町時代から戦国時代にかけて複数の武将の手を経たとされ、織田信長が所持していた時期があるとする伝承もある。 ## 近代と現在 最終的に徳川家に伝わり、明治維新後の1881年(明治14年)に皇室に献上されて御物となった。鶴丸国永が現代において一躍有名になったのは、2015年に配信開始されたブラウザゲーム『刀剣乱舞-ONLINE-』の影響が決定的であった。ゲーム内での鶴丸国永は、白い装束をまとい「驚かせるのが好き」という飄々とした性格で描かれ、瞬く間に最も人気の高いキャラクターの一つとなった。その影響は凄まじく、鶴丸国永の実物が特別公開された際には全国からファンが殺到し、数時間待ちの長蛇の列ができるという社会現象が起きた。この「刀剣女子」ブームは日本刀文化の裾野を大きく広げ、それまで刀剣に縁のなかった若い女性たちが博物館に足を運び、刀剣の歴史や文化について学ぶという新たな文化現象を生み出した。鶴丸国永はその先駆けとなった太刀であり、千年前に鍛えられた一振りの太刀が現代のポップカルチャーを通じて新たな生命を得るという、文化の連続性と更新を象徴する存在となっている。鶴は千年——まさにこの太刀は、千年の時を超えて生き続ける鶴のように、今も新たなファンを惹きつけ続けている。