膝丸
Hizamaru
別名: 薄緑・蜘蛛切・吠丸・源氏の守り刀・四つの名を持つ太刀・義経佩刀
解説
刀の概要
源氏の宝刀「髭切」と対をなす兄弟刀の「弟」にあたり、源氏の守り刀として代々伝えられてきた伝説的な太刀。日本刀史上、一振りの刀が四つもの名を持つ例は極めて稀であり、「膝丸」「蜘蛛切」「吠丸」「薄緑」という四つの号の各々が壮大な物語を秘めている。伝承によれば、源満仲(清和源氏の祖)が鍛えさせた二振りの太刀のうち、罪人を試し斬りした際に膝を容易く斬断したものが「膝丸」と名付けられた(もう一振りは髭まで斬れたため「髭切」となった)。膝丸はその後、源氏の棟梁が代々継承する守護刀として、髭切とともに源氏の血脈を象徴する存在であり続けた。
作刀の工匠
作者については不明であり、「伝承上の刀」として分類される。現在、京都の大覚寺に所蔵されている太刀が膝丸に比定されており、重要文化財に指定されている。ただし、この太刀が伝承上の膝丸と同一のものであるかどうかについては議論がある。
製法と特徴
大覚寺所蔵の太刀は平安時代後期の作風を示し、地鉄は小板目肌がよく詰んだ精緻な鍛えを見せる。刃文は小乱れに直刃を交えた穏やかな出来映えで、平安時代の太刀としての気品を湛えている。ゲーム『刀剣乱舞』では兄の髭切とともに「源氏の兄弟刀」として登場し、真面目で兄思いの性格に描かれて大きな人気を集めている。髭切と膝丸の同時公開は刀剣ファンにとって最大級のイベントであり、京都を中心に開催される際には全国からファンが詰めかける。
逸話・伝説
## 伝説と逸話 膝丸の四つの名は、源氏の歴史そのものを映す鏡である。最初の名「膝丸」は、源満仲が新たに鍛えさせた太刀の切れ味を試すため罪人の処刑に用いた際、膝を骨ごと容易く斬断したことに由来する。この残酷な起源は、武家の道具としての日本刀の本質を端的に示している。第二の名「蜘蛛切(くもきり)」は、源頼光の土蜘蛛退治にまつわる。頼光が病に伏していたある夜、枕元に巨大な蜘蛛の怪物(土蜘蛛)が現れた。頼光は枕元に置いていた膝丸を手に取り、蜘蛛に斬りかかった。傷を負った蜘蛛は逃走し、頼光は家臣の渡辺綱に追跡を命じた。綱が血の跡を辿ると、北野の塚の中に巨大な蜘蛛が潜んでいた。これを討ち取ると、頼光の病はたちまち快癒した。この退魔の武功から、膝丸は「蜘蛛切」と呼ばれるようになった。第三の名「吠丸(ほえまる)」は、不可思議な現象に由来する。ある夜、誰もいない部屋に安置されていた太刀が突然、獣が吠えるような音を立てて鳴り響いたという。自ら声を発する刀——この怪異は、膝丸に宿る霊力が主を求めて咆哮しているのだと解釈され、「吠丸」の名が与えられた。そして第四の名「薄緑(うすみどり)」。治承四年(1180年)、源平の争乱が始まると、源義経は兄・頼朝のもとへ馳せ参じる途上でこの太刀を手に入れたとされる。義経はこの太刀に「薄緑」という雅やかな名を与え、以後の源平合戦における義経の佩刀となった。一ノ谷の戦い(1184年)の鵯越の逆落とし、屋島の戦い(1185年)の奇襲、そして壇ノ浦の戦い(1185年)で平家を滅亡に追い込むまで、薄緑は義経とともに戦場を駆け抜けた。源義経は日本史上最も人気の高い悲劇の英雄の一人であり、その義経の佩刀としての「薄緑」の名は、膝丸の四つの号の中でも最もロマンチックで広く知られている。膝丸から蜘蛛切へ、吠丸へ、そして薄緑へ——名を変えるたびに新たな伝説を纏い、源氏の歴史とともに生き続けたこの太刀は、日本刀が単なる物質ではなく「物語る存在」であることの最も美しい証左である。