鎌倉時代の神風の太刀(元寇の護国刀)
Kamikaze Tachi (Divine Wind Sword of the Mongol Invasions)
別名: 元寇の護国刀・神風護国剣・伊勢神宮奉納太刀
解説
元寇と護国刀——神に祈った鎌倉武士の宝剣
文永の役(1274年)・弘安の役(1281年)という二度にわたるモンゴル帝国(元)の日本侵攻——「元寇(げんこう)」——は鎌倉幕府と日本社会に未曾有の危機をもたらした。「日本を統治せよ」という元の皇帝・フビライ・ハンの要求を拒絶した鎌倉幕府は、三万人を超える元の大軍勢(文永の役)・十四万人に達する第二次大軍勢(弘安の役)に対して、全国の武士団を動員して戦った。この存亡をかけた危機において鎌倉幕府・朝廷・民衆は全国の主要な神社に「元軍撃退」を祈願し、最高品質の太刀を奉納した。このような「国家の危機を神に祈る」という行為の中で奉納された鎌倉時代の太刀群は、「元寇の護国刀(えんこうのごこくとう)」として特別な歴史的・宗教的意義を持ち、複数の作品が現在も全国の神社に国宝・重要文化財として伝わっている。
奉納太刀の刀剣史的意義
元寇という国家的危機の中で奉納された太刀群は、鎌倉時代の日本刀の最高水準を示す作品群として刀剣史上特別な位置を占める。鎌倉時代(12世紀末〜14世紀初頭)は日本刀の歴史において最高峰の時代と評価されており、粟田口派(京都)・古備前派・長船派(備前)・相州伝(鎌倉)など各地の主要な刀工流派がそれぞれの最高水準の作品を産み出した時代である。元寇の危機に際して全国の神社・寺院に奉納された太刀の中には、これらの各流派の最高水準の作品が含まれており、奉納という行為によってその後七百年以上にわたって保護され続けることになった。特に伊勢神宮・熱田神宮・春日大社・鶴岡八幡宮などの有力神社に奉納された太刀群は、現代においても複数の国宝・重要文化財を含む貴重なコレクションとして刀剣史研究の重要な一次資料となっている。
神風——台風という奇跡の自然現象
弘安の役(1281年)において日本が元軍を撃退できた最大の要因として伝えられるのが「神風(かみかぜ)」——元軍の艦隊を壊滅させた台風である。元軍は延々と続く日本軍の抵抗により上陸を果たせないまま海上に留まり、撤退を検討し始めた矢先に大型台風(暴風雨)に遭遇した。この台風によって元軍の艦隊の多くが沈没・損傷し、十四万の大軍は壊滅的な打撃を受けて撤退を余儀なくされた。この台風は「神が日本を守るために送った風」として「神風(かみかぜ)」と呼ばれ、「日本は神に守られた神国(しんこく)である」という信仰を大いに強化した。神社への奉納太刀という行為と台風による元軍撃退という「神の応答」が結びついた物語は、「剣という捧げ物が神を動かし、神が日本を守った」という宗教的な因果関係の物語として日本の国家的・宗教的な自意識の形成に深く寄与した。