南北朝
Nanbokuchō
二つの朝廷が並立する未曾有の戦乱の時代。騎馬戦から徒歩集団戦への変革に伴い、刃長三尺を超える大太刀・野太刀が隆盛を極めた。豪壮な作風と大振りな姿は武家の力強さそのものであり、相州伝の影響が全国に波及した刀剣史の転換期である。
解説
戦乱の時代
建武の新政の瓦解(1336年)により、後醍醐天皇の南朝と足利尊氏が擁立した北朝が並立する未曾有の事態が発生し、全国各地で両朝の支持者による激しい合戦が半世紀以上にわたって繰り広げられた。この長期にわたる戦乱は日本刀の姿と技術に革命的な変化をもたらした。従来の騎馬武者同士の一騎打ちから、足軽を含む徒歩集団戦へと戦法が大きく転換し、より長大で威力のある刀剣が求められるようになったのである。
大太刀の隆盛
こうした実戦的要求に応えて誕生したのが、刃長三尺(約90センチメートル)を超える大太刀・野太刀である。現存する代表的な大太刀として、備前長船の兼光作「大般若長光」や、熱田神宮に奉納された刃長七尺三寸の「真柄の大太刀」などがある。これらの大太刀は身幅が広く重ねが厚く、後世に磨り上げ(短縮)されても十分な寸法を保てるほどの豪壮な造り込みが特徴であった。南朝方の武将・楠木正成が湊川の戦いで大太刀を振るった記録や、北畠顕家が奥州から京都まで大太刀を携えて転戦した逸話は、この時代の武士と刀の関係を如実に物語っている。
相州伝の波及
技術面では、正宗十哲を通じて全国に広まった相州伝の影響が極めて大きい。備前伝の刀工がこの相州伝の技法を取り入れた作風は「相伝備前」と呼ばれ、長船兼光がその代表工である。兼光は備前伝の匂出来の丁子乱れに相州伝の沸を加味した豪壮な刃文を焼き、大太刀から短刀まで幅広い作品を遺した。長船長義(ちょうぎ)は皆焼(ひたつら)と呼ばれる刃文が刀身全体に広がる華やかで大胆な焼入れ技法を得意とし、その作品は美術的にも極めて高い評価を受けている。皆焼は刀身の平地にまで焼きが及ぶため、研磨や保存が難しく、良好な状態で残る作品は特に貴重である。
地域別の発展
美濃伝では、正宗十哲の一人である志津三郎兼氏が相州伝の技法を美濃国に伝え、後の関鍛冶の基礎を築いた。兼氏の作品は正宗に迫る豪壮な沸出来の刃文を見せ、地鉄も板目に柾が交じる力強い鍛え肌が特徴的である。筑前国では左文字(さもんじ)が正宗に学んだ技法を九州に持ち帰り、左字銘を切ることから左文字と呼ばれた。山城伝では長谷部国重が皆焼の名手として活躍し、織田信長が茶坊主を膳棚ごと圧し切ったという逸話で名高い「へし切長谷部」(国宝)の作者である。信国派は京都で山城伝を守りつつ、南北朝の動乱に対応した実用的な太刀を多く鍛えた。
薙刀と長巻
大和伝では当麻派が南都(奈良)の寺社需要に応え、手掻派は柾目肌の力強い地鉄に直刃を焼く実用本位の作風を展開した。また、この時代には薙刀(なぎなた)や長巻(ながまき)といった長柄武器の製作も盛んで、これらが後世に「薙刀直し」として短縮され打刀に仕立て直された例も多い。
後世への影響
南北朝期の刀は、その圧倒的な迫力と存在感から「南北朝体配」と総称され、後世の刀工たちに大きな影響を与え続けている。現存する大太刀の多くは後世に磨り上げられて打刀の寸法に仕立て直されているが、磨り上げ物であっても南北朝期の豊かな地鉄と力強い刃文は健在であり、目利きのコレクターには極めて魅力的な蒐集対象である。生ぶ茎のまま残る大太刀は博物館級の至宝として別格の扱いを受け、その豪壮な姿は見る者を圧倒する。
この時代の刀の特徴
- 刃長三尺(約90cm)以上の大太刀・野太刀が盛んに製作された。足軽を含む集団徒歩戦への戦法変化に対応し、より長大で破壊力のある刀剣が武士たちに求められた
- 身幅が広く重ねが厚い豪壮な体配は「南北朝体配」と称される。後世に磨り上げ(短縮)されても十分な寸法を保てるほどの大振りな造り込みが特徴
- 皆焼(ひたつら)と呼ばれる刀身全面に焼きが及ぶ華やかで大胆な刃文が出現。長船長義がその代表工であり、平地にまで沸が広がる景色は美術的価値が極めて高い
- 正宗十哲を通じて相州伝の技法が全国に波及し、「相伝備前」「相伝美濃」など各地の伝統と融合した新たな作風が次々と生まれた
- 現存する大太刀の多くは後世に磨り上げられて打刀に仕立て直されている。生ぶ茎(原形のまま)で残る作例は極めて稀少で、博物館級の至宝として珍重される
- 薙刀(なぎなた)・長巻(ながまき)など長柄武器の製作も盛んで、戦場での多様な戦術に対応。これらが後世に「薙刀直し」として短縮された例も多い
- 帽子(切先の焼入れ)は返りの深い大丸帽子が多く見られ、南北朝期の刀を鑑定する際の重要な着眼点となっている
- 地鉄は板目が流れ心に肌立ち、地沸が厚く付く力強い鍛え肌が目立つ。相州伝の影響を受けた地景や金筋も随所に現れ、荒々しい景色が戦乱の時代を反映する